mini传媒

プリント

平成29年度学部入学式における式辞

2017年4月2日
一桥大学長 蓼沼宏一

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。また、ご臨席賜りました新入生のご両親などご家族の方々にも、お祝いを申し上げます。一桥大学教職員一同を代表しまして、すべての新入生を心より歓迎いたします。

 さて、皆さんが入学された一桥大学は、明治8年(1875年)、森有礼が渋沢栄一や福澤諭吉などの協力も得つつ開設した商法講習所を起源とし、以来140年を超える歴史の中で、日本における社会科学諸分野の研究をリードするとともに、教育にも情熱を注いできました。その最大の特色は、密度の濃い少人数ゼミナール(ゼミ)にあります。
 本学のゼミがどのようなものであるか、生き生きと描かれた本があります。作家の城山三郎さんの書かれた『花失せては面白からず――山田教授の生き方?考え方』です。鋭い分析的視点を持つ歴史小説?経済小説などで有名な作家ですから、皆さんの中にもその著作を読まれた方が多いのではないかと思います。城山さんは、昭和2年生まれで、軍国主義教育の中で育って軍隊に志願し、敗戦後、イデオロギーが180度転換した時代に、「世の中はどうなっているのか、人間とは何なのか」を根本のところから考え直したいと思い、一桥大学の前身、東京商科大学に入学しました。やがて、理論経済学が専門の山田雄三先生のゼミに入ります。
 山田ゼミの最初の1年間は教授を囲んでテキストを勉強するシステムであり、城山さんがゼミに入った昭和24年(1949年)のテキストは、その5年前に出版されたフォン?ノイマンとモルゲンシュテルンの著書Theory of Games and Economic Behavior(『ゲームの理論と経済行動』)でした。
 新入生の皆さんのためにゲーム理论について简単に解説しますと、社会の中で常に相互依存関係にある人间がどのように行动し、その帰结はどうなるのか、ということを分析する理论です。囲碁や将棋のようなゲームと同様に、社会の中でも人间は相手の行动を予测しながら自分の行动を决定していきます。ゲーム理论は、多数の人间のそのような行动と社会的帰结を数理的なモデルを构筑して解明することを目的としています。
 1980年代になって、経済学では「ゲーム理論革命」とでも言うべきパラダイムの革新が起こり、やがて経済学だけでなく、政治学、経営学、会計学、社会学、国際関係論など社会科学の多様な分野において、ゲーム理論はその基礎を成すようになりました。しかし、1940年代後半は、ケインズ経済学やマルクス経済学が華やかなりし頃であり、フォン?ノイマンとモルゲンシュテルンの著書はごく一部の理論経済学者以外には注目されていませんでした。山田先生がそれをゼミのテキストとして選択されたこと自体、一桥大学が日本における社会科学の研究と教育の最先端にあったことを示していると思います。そのことは、今日まで連綿と受け継がれてきています。新入生の皆さんは、その一桥大学に入学したということに誇りを持ってほしいものです。

 さて、话を城山さんと山田先生との関わりに戻しましょう。资本主义か社会主义か、という戦后のイデオロギー対立の只中にあって、城山さんは、ゼミのテキストを読み进めるうちに、ゲーム理论は抽象化?数式化の结果、理论としては精緻になっても、それだけ现実から远ざかるのではないか、いわば、理论という舞台で空しい舞いを舞うだけの自己満足なのではないか、と疑问を持つに至り、遂に「ゼミをやめさせて顶きます。」と结ぶ长文の手纸を山田先生に送ります。
 それに対して、山田先生は便笺数枚にわたる部厚い手纸を返されます。その全文は、城山さんの着书に収められていますので、ぜひ皆さんも読んでください。この手纸の中で、山田先生は、社会科学、例えば経済学では、いろいろな専门用语を使い、数式などによる形式化も行うけれども、现実から离れ「淡然として」研究しているのではなく、究极的には人间探求、つまり人间の行动の仕方や、个人と社会との在り方を知ることを目的としているのだと述べられています。社会科学の意义を大変的确に表现されていると思います。
 それだけでなく、この手纸には、ひとりの学生を思う教授の温かい心が満ち溢れています。手纸の最后に山田先生は、科学のみが人间探求の唯一の途ではなく、それぞれの人がそれぞれの职场における実践を通して事実を认识しようと努めるならば、人间探求を行っているのだから、「君は自由に君自身の道を选んで进んで下さい」と呼びかけ、またいろいろなことについて话し合いましょう、と结んでおられます。
 この手纸を読んだ城山さんが山田ゼミでの勉强を続けることになったことは、言うまでもありません。

 一桥大学のゼミとは、このようなものなのです。それは単なる少人数の授業ではありません。最先端の研究に日々真剣に取り組んでいる教員が学生と非常に近い距離にあって、一人ひとりの学生に向き合い、教員と学生、あるいは学生同士が真剣な議論を重ね、真理を探究する場であるだけでなく、様々な機会に人間同士としての交流を深め、人格を磨く場でもあります。
 そのゼミを伝統とする一桥大学に入学された皆さんは、ぜひ、本学の恵まれた研究?教育環境を最大限に活用していただきたいと思います。

 大学は未知の問題の解決を目指す知的創造の場です。一桥大学研究教育憲章は、本学のミッションを「日本及び世界の自由で平和な政治経済社会の構築に資する知的、文化的資産を創造し、その指導的担い手を育成すること」と掲げています。皆さんは、受け身の学習者ではなく、自ら重要と考える問題を見出し、その解決に向けて勉学に取り組むことを期待されています。知のフロンティアを広げることが、大学にいる私たちすべてに与えられている使命なのです。
 皆さんの中には、自分は研究者になるわけではなく、ビジネスや法务などの実务家を目指しているのだから、それに必要な知识やスキルを吸収すればよいと考えている人もいるかもしれません。しかし、大学を卒业して実社会に出れば、答えの出ていない问题に次々と取り组まなければなりません。変化の激しい现代社会では、大学4年间で习得した知识自体はすぐに陈腐化していきますから、新しい知识を学び、未解决の问题に向かう必要もあるでしょう。実社会におけるその厳しい现场で、皆さんの拠り所となるのは、大学时代の絶えざる勉学の蓄积と思索の训练によって得られる人格と知的活力です。広く深く根を张り、太い干を持つ木が毎年、若叶を茂らせ、実を结ぶように、大学では自分の知的活力を向上させ、その后の人生で末长く自らと社会に実りをもたらすことのできる人间としての器を作ることを目指してほしいと思います。
 知的活力の向上のためには、労力を惜しんではなりません。授业やゼミをきっかけとして、自ら広く深く学び、自由に思索を巡らせ、その内容を文章で表现するといった、头と手をフルに使った知的训练を心がけてください。

 いまだ解决されていない问题に取り组む力を身につけるためには、长い歴史の中で蓄积されてきた知识をまずは学ばなければなりません。何も无いところからは、何も生み出すことはできません。人类は、人间の、また社会の様々な问题を解决するために有用な知识を创造し、蓄えてきました。过去に创り出された知识は、それを継承する多くの者によって整理され、体系化された理论の形で表现されるようになります。商学?経営学、経済学、法学、社会学といった各学问分野は、そのような构造を持った知识体系に他なりません。これから各分野の勉学を始める皆さんに、私の経験に基づいて3つほど助言を申し上げたいと思います。
 第一は、自分の思考の枠组みを筑くことです。どの学问分野も、混沌とした现実の问题を把握し、概念化し、论理的思考によって问题の解を见出すための方法とフレームワークを作り出してきました。ところが、现代では専门知识はますます高度化し、その知识体系全体を掴むためには、基础から発展的内容まで段阶的に学ぶ必要があります。それには、ある程度の辛抱が求められます。习得した知识を思考の枠组みにまで昇华させるには、一定の蓄积が必要です。知识の习得を辛抱强く続けていったとき、ある段阶で急に社会への视界が开けるということがあるでしょう。本学の体系的なカリキュラムで学ぶ中で、そういった経験を积んでほしいと愿っています。
 第二は、独创的な学者の知的创造のプロセスを学ぶことです。整理され、标準化された知识体系は、はじめから今の形で生み出されたものではありません。どの学问分野も、独创的な学者が知のフロンティアを広げ新たなパラダイムを构筑してきた积み重ねによって成り立っています。しかし、新しい问题に立ち向かった彼らの试行错误と悪戦苦闘の歴史は、その后の継承者たちによって无駄を削られ、整理される中で、知识体系の背后に埋もれてしまいがちです。やがては未解决の问题にも取り组まなければならない皆さんは、一方で体系化された知识を段阶的に学びつつ、他方で过去の优れた学者の创造のプロセスを追体験してほしいと思います。古典を読む意义はそこにあります。答えのない问题に挑んだ先人の轨跡を古典の中に见出してください。
 第三は、複数の学問分野を学ぶことです。各学問分野は、現実を認識するために人間の作り出した思考の枠組みであり、現実そのものではありません。現実は混沌とした全体であり、そこで生じる諸問題は常に複合的な要素を内包しています。現実の問題の全体像を解明するために、学際的な研究、つまり異分野の協働が必要になるのはこのためです。実社会での問題に対しても同じように、様々な専門職から成るチームの働きが重要になるでしょう。一方で、ひとりの人間の中に複数の思考の枠組みが備えられていたならば、異なる角度から問題を捉えることができ、より一層柔軟な考え方ができるはずです。そのため、大学時代にも1つの専門分野だけでなく、複数の分野を学ぶことを勧めます。一桥大学では学部間の垣根が非常に低く、他学部の科目も広くかつ深く履修することができます。ぜひ、この自由度の高い学びのシステムを活用してください。

 社会を対象とする科学である社会科学の使命の第一は、社会の仕组みを把握し、社会现象の因果関係を明らかにすることです。しかし、人々の暮らしと幸せに直接関わる社会を対象とする社会科学は、単に事実を解明するだけでは充分ではありません。事実の解明つまり実証をベースとしつつ、どのような社会経済システムが望ましいのかという规范に基づいて、政治、法、経済等の制度や政策の改革、あるいは公司?组织运営の改善策等を示す责任を担っているのです。すなわち、事実を明かす「光をもたらす学问」から、人々の幸せという「実りをもたらす学问」へと発展させなければなりません。
 次の时代を担う皆さんは、现実の问题を客観的に把握し、実証的に分析するとともに、幅広く深い教养に基づいて、何が社会的に望ましいか、适切に判断する力を磨いてください。そのプロセスにおいては、他者との议论も重要です。
 本学のゼミは、まさに他者との真剣な议论の场です。ゼミでは、率直な议论の中で、それぞれの学生自身が自分の取り组むべき课题を発见し、多様な観点から事実を把握し、论理的に思考することによって、课题の解决へと导かれていくのです。その过程では、他者に自分の考えを分かりやすく伝える表现力も向上するとともに、场合によっては自らの考えを修正する柔软性も培われます。インターネットなどのコミュニケーション技术がどれほど発达しても、人格と知的活力の向上のために人间同士の対话の重要性が减ることはありません。
 さらに、本学の充実した留学制度を活用すれば、他者との议论の场は世界に拡大していきます。学生时代に诸外国の人々と真剣に交流する机会を得られれば、何ものにも代え难い経験をもたらしてくれるはずです。海外の交流协定大学で、自ら明确な目的意识を持って履修计画を立て、外国语で授业を受け、苦労してレポートを作成し、试験を受けて単位を取得する。また、様々な国や地域の人々と议论し、相互の理解を図る。こうした経験によって世界の真の事実を知るとともに、外国语でのコミュニケーション能力だけでなく、计画性、忍耐力、柔软性など、人间の基干となる力も高められることでしょう。
 本学にはさらに、全国屈指の大学図书馆、緑豊かなキャンパスなど、学ぶために最高の资产が揃っています。また、密度の浓い教育を常に重视してきましたので、教员と学生あるいは学生同士の繋がりは强く、それは卒业后も続きます。同窓会组织であり、かつ大学支援组织でもある如水会の力强い支えのお荫で、世代を越えた卒业生の间の繋がりも强固であるため、皆さんも様々な面でその恩恵を受けることでしょう。
 こうした歴史と伝統を持つ一桥大学に入学した皆さんは、その恩恵を受けるだけでなく、本学の更なる発展に貢献してほしいと強く望みます。内実の拡充発展がない限り、本学の真の成長はありません。皆さんが将来、各界のリーダーとして活躍されることを期待するとともに、皆さんの中から日本の社会科学研究をリードしてきた一桥大学の学問を継承し、一層発展させる研究者が生まれることも望んでやみません。

 一桥大学は、一人ひとりの学生を丁寧に育成し、責任を持って社会に送り出すことを何よりも大切にしています。皆さんが現代の社会で大いに活躍する人材として巣立っていくために、われわれ教職員も更に質の高い教育研究機関を目指して、それぞれの学生が歩む大学生活を共に大切にし、発展してゆきたいと思います。
 皆さん一人ひとりが喜びと実り多い大学生活を送られることを心から祈り、私からの歓迎の言叶とさせていただきます。

?

Share On