一桥教员の本
コンスタンティノープル使節記 (知泉学術叢書 10)
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リウトプランド著 ; 大月康弘訳 |
訳者コメント
本書は、10世紀のヨーロッパ世界を知る上で重要とされる史料の日本語訳です。ラテン語テキストの全訳に、詳細な訳注をつけ、また私自身の論文を2つ加えて一書にしました。
オットー1世の名代としてコンスタンティノープルに赴いたクレモナ司教リウトプランド。その外交使节のいわば「记録」です。が、后述するように、どうにも一筋縄でいかぬ『报告书』でした。
オットー1世といえば、キリスト教世界の安寧に腐心した伟大な人物です。彼は、北イタリアの圣职者集団に乞われて「混乱するイタリア情势」に介入、ローマ教皇座の「堕落」を糺して、962年には皇帝に推戴されました。种々の伟业によって「大帝」惭补驳苍耻蝉と称されたオットー。その足跡は全ヨーロッパに及び、今なおヨーロッパで声望の高い杰物でした。本书は、その彼が960年代にイタリア情势を巡って対立したビザンツ皇帝との交渉の様子を伝える贵书です。
968年、リウトプランドは、外交使节を率いてコンスタンティノープルに赴きました。ところが、ビザンツ人は彼を冷遇します。半年にわたる不遇な滞在を嘆くリウトプランドは、ビザンツ宫廷人を嘲骂し、极めてシニカルな笔を走らせました。デフォルメされた记述は、果たして「真実」を伝えているのか。记述のあり方の点ですでに学界は侃々諤々。わが国でも上原专禄先生(1899~1975)によるがあるので参照してもらったらよいと思います。
いずれ本书は、ビザンツ宫廷事情をも伝える第一级の史料です。
著者のリウトプランドは、北イタリアにおけるオットーの官房として活躍し、当代きっての政治家、文化人でした。得意のギリシア語を駆使してコンスタンティノープルで論戦を交わし、一連の困難な交渉を行ったようです。
いつの世も「外交」は剣呑(けんのん)なミッションでしょう。生命を賭しての6ヶ月の使節派遣で彼が得たものは何だったのか? 相対するビザンツ側の「冷遇」の背景とは? 生彩に富む記述は、ヨーロッパ世界最大の都市で出会った宮廷人や、そこで見聞した儀式なども生き生きと伝えて、読む者を飽きさせまん。
本书は、かつて学部ゼミナールの诸君と讲読したテキストでした。优秀なゼミ生たちの精励に感心し、さすが一桥、と思ったものでした。その后、訳注に苦労して出版が今になりましたが、どうにかここに上梓することができました。知的昂奋のうちにラテン语からの翻訳を楽しんだ彼らとの思い出に、本书を捧げます。
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